第三話「箱船の宇宙(そら)」
無限に広がる大宇宙。
この無辺の宇宙を、一隻の宇宙船が孤独な旅を続けていた。
船の名前は航宙艦“アルゴー”。外宇宙への人類移民を目的とした移民船である。
今はとある事故により、テランへの帰還を余儀なくされていた。
そして孤独な旅を続けるその船の舷窓に、一人の美しい少女の姿があった。変わり映えすることのない宇宙を、ただじっと見つめている少女。年は十二・三歳だろうか。亜麻色の髪を豊かに蓄え、その黒曜石のような瞳は遙か星の海を見つめている。
「………カノン」
背後から声が掛かり、少女が振り返る。
声を掛けたのは少年であった。年は少女と同じくらい。線の細い、端正な顔をしており、一見すると少女のようにも見える。
「大人達は大変だよ。地球に戻ると言っても、メインコンピューターのルシフェルは死んでしまったし、ワープ航法は使えない。テランに着くには30年以上かかるだろうって………」
少年は眉根を寄せると、握り拳を作って壁に怒りをぶつける。
とそこへ、新たな少年が現れ、口を挟んできた。こちらは正反対の容貌で、意志の強さを表す太い眉と、健康的な小麦色の肌をした少年である。二人よりやや年長のようだ。
「ミルトン、カノン、俺達は政府に騙されたのさ………」
そう言った少年の唇は、言葉と共にひき結ばれる。
「……………アルフレド」
ミルトンと呼ばれた少年が呟く。その表情からは今や怒りは消え、憂愁の色が濃く表れている。
「ルシフェルの反乱がなくても、俺達は欠陥品のワープエンジンで全員死んでいたさ。政府の連中はワープエンジンに欠陥があることを秘密にして、俺達を厄介払いにしやがったんだ。くそっ!!」
アルフレドは先程のミルトンと同様、怒りを露わに壁を叩いた。
「うふふ、三十年も経ったら私達、おじさん、おばさんになっちゃうね」
アルフレド、ミルトン両少年の深刻な表情などまるで意に介さず、少女は屈託無くころころと笑った。
「カノン、どうして笑っていられるんだい?僕達は政府の連中に騙されて、死ぬかも知れなかったんだよっ!」
ミルトンが驚いてカノンに問い掛ける。しかし、カノンはやはり微笑みを崩さなかった。
「でも、死ななかった」
カノンが嬉しそうに、くるくるとステップを踏む。
「それは結果そうなっただけさ。ルシフェルの謀略によって艦長やいろんな人が死んだ。そしてルシフェルが狂わなくても、俺達は欠陥のあるワープエンジンで死んでいた。こうして生きているのは奇跡に近いよ」
アルフレドは再度状況を少女に説明するが、カノンは面白いものでも見るかのように、アルフレドに視線を向ける。話が通じているのかどうか疑わしい。
「死んでいたかも知れない、奇跡に近い、結果そうなっただけ。どっちにしろ関係ないわ。だって、私達は生きているんだもん」
アルフレドは肩をすくめた。これ以上話をしても無駄、と言うより、カノンの態度の方が賢明であると思えた。確かに過ぎ去ったことをくよくよ考えても始まらない。
「でも、何回かの不完全なワープと、帰りの時間を考えると、僕達がテランを出発してから百年以上経っていることになる。戻ったときにテランがどうなっているか………」
ミルトンが新たな不安を口にする。
「ミルトンてば、おかしな事言い出すのね」
カノンが、今度はミルトンの顔を覗き込む。無邪気な瞳に見つめられ、ミルトンは頬を赤らめた。
「な、何がおかしな事なんだよ」
動揺を気取られまいと、ミルトンはそっぽを向く。
「だって、おかしいもん。私達は人が住めるかも知れない星を目指して、ネブラ星系を目指していたのよ。ネブラにはテランと同じ人は住んでないわ。知っている人はこの船の中にいるだけ。この船の中にだって、知らない人もたくさんいるのに、何を心配しているのか分からないわ。私は何処に行ったって、パパとママがいて、アルフレドとミルトンがいればそれで良いもの。他の知らない人なんて関係ないわ」
カノンの言葉に、アルフレドは思わず笑いがこみ上げ、我慢できずに吹き出してしまった。
「な、何がおかしいのさ、アルフレドまで。僕はおかしな事なんて言ってないさ。大体カノンが楽天的すぎるんだよ」
口を尖らせて抗弁するミルトン。
「ははは、カノンは少し楽天的すぎるかも知れないけど、それで良いのかも知れないぜ。一応船は順調に進んでいるんだし、これ以上、何を心配しても始まらないさ。それより、こんな殺風景なところにいないで、プロムナードに行ってみないか?体感時間を縮小する為にもうすぐ俺達は冷凍睡眠にはいる。プロムナードの店も今日で店じまいなんだ。取り敢えず、好きなモノでも食っておこうぜ」
「さんせ〜〜い♪♯」
アルフレドの提案に、カノンは一も二もなく同意する。
ミルトンの方も、アルフレドの提案にしぶしぶ愁眉を開く。
「何が食いたい?」
アルフレドが駆け出す。
「私、オティックの揚げじゃが〜〜♪♯」
カノンとミルトンも駆け出す。
「おいおい、オティックは酒場じゃないか………」
「いいも〜〜ん、食べたいんだも〜〜ん♪♯」
「僕はメルニボネの特大パフェッ!!」
「うげ、聞いてるだけで胸焼けしそう………」
カノン、そしてミルトンやアルフレドが冷凍睡眠に入ったのは、それから暫く経ってからのことだった。
そして、それから一年三ヶ月後、カノンとその両親が一時的に睡眠から覚める日が来た。船の制御と睡眠カプセルの管理を交代するためだ。その日から一ヶ月、カノンの両親は起きて船の管理をしなければならない。無論、管理をするのはカノンの両親だけではなかったが、ミルトンやアルフレドの一家とは別のスケジュールが組まれていた。
「………ノ……ン。………ノン。………………………カ…ン」
何か聞こえる。
眠りにつく直前、耳の奥でかすかに聞こえる遠い雑踏、誰かのひそひそ話、言葉にならない言葉で語られる声にならない声。
「…………ノン。…カノン」
声が優しく唇に触れる。
自分を呼ぶ声。耳に馴染んだ、聞き覚えのある。
重い瞼を無理矢理持ち上げ、ぼやけた視界を戻すよう、目をこする。
やがて像が結ばれ、それがミルトンの顔だと判る。
何だ、ミルトンか。
もう一度寝る。
「こら、おいっ!僕の顔を見て、どうしてもう一度寝るんだ?」
ミルトンが怒って、カノンの耳元で怒鳴り声を上げる。
「にゃ〜〜、眠いんだも〜〜ん………」
カノンが目をつむったまま答える。
「やれやれ、一年三ヶ月も眠り続けで、どうしてまだ寝足りないんだろ?僕には信じられないよ」
ミルトンが呆れた声を出す。
「もう、テランに着いたの?」
言いながらも、カノンはカプセルから出ようとはしない。
「なに言ってるんだい?今、一年三ヶ月って言っただろ。一時的な覚醒だよ。持ち回りで、三十年の間に何回かある。船の航行は大体自動で制御しているけど、細々としたメンテナンスが必要なんだ。それに長期の冷凍睡眠は身体に悪影響が出るって言うし、僕達はおまけで起こされたようなものさ。って、睡眠に入る前に教えただろ?」
ようやく、もぞもぞとカプセルから這い出すカノン。冷凍睡眠用のゆったりとした白衣の襟元から胸元が覗き、ミルトンは慌てて顔を背けた。
「……………あのね、ミルトン?」
見るとカノンはミルトンの話など聞いておらず、唇を撫で、怪訝な顔をしていた。
「………人の話を聞いてよ」
「あのね、ミルトン」
「はいはい………」
「私が寝ている間に、何かした?」
カノンの言葉に、ミルトンは心臓が飛び出しそうになった。
「な、何って、何?」
「ううん、夢でも見ていたのかな?よく分からない」
首を傾げるカノン。
「それより、これからどうする?プロムナードの店は閉まってるし、仕事の手伝いって言っても、たった今邪魔をするなと言われたばかりだし………」
苦笑するミルトン。
「あそこに行く」
そう言って歩き出すカノン。ミルトンが慌てて後を追う。
行く先は分かっていた。使われていない第八倉庫に通じる通路。人気が無く、いつもカノンが星を見ている場所。
「あのさ、カノン?」
星を見つめるカノンに、ミルトンは疑問の声を投げかけた。
「ん、何?ミルトン」
カノンは星を見続けたままである。
「いつも思うんだけど、どうしてここで星を眺めているんだい?」
ミルトンの問い掛けに、カノンは不思議そうな顔で振り返った。
「ミルトンは、星の海が綺麗だと思ったことはないの?」
「そ、それは、そう思うけど、でも、毎日見ていてそれが当たり前になっているから……。綺麗だなって思うことはあまりないかな………」
ミルトンは戸惑いながらそう答えた。
「テランにいるときはどうだった?空を見上げて、雲の流れるのを見たことはなかったの?それとも当たり前だから、やっぱり見なかったの?」
カノンは興味深そうに質問を続ける。いつもの事だが、ミルトンにはカノンの質問の意味がよく飲み込めずにいた。カノンの質問はいつも突然で、いつも当たり前のことを聞いてきた。当たり前だから答えに窮する。今もそうだ。
「そりゃあ、空を見上げることくらいあったさ………」
「でも、当たり前だから、綺麗だとか思わなかった」
カノンが言葉を続ける。
「綺麗だとは思うさ。でも空気みたいなものだから、いつも、そこに当たり前にあって、だから普段は何とも思わなくて………」
ミルトンの言葉は歯切れが悪かった。しどろもどろになって、何とか答えようとするが、どうにも要領を得なかった。
「私は?」
カノンは突然別の質問を浴びせた。
「え?いや、………その、………れい…と……もうよ」
口ごもるミルトン。
「え〜〜ぇっ?聞こえな〜〜い♪♯」
「そりゃ、カノンは、その、綺麗だと思うよ………」
ミルトンの耳は赤く上気し、言葉の最後はよく聞き取れなかった。
「うふふ……、ありがと☆。でも、私が聞きたかったのは、私もミルトンの側にいつもいるけど、何とも思わないのかなって。私は、ミルトンのこと大事に思ってるけど、ミルトンは違うのかな?って」
上目づかいにミルトンを見上げる。
「そんな事!」ミルトンは声を荒げた。「そんな事ある筈無いじゃないか!!僕だってカノンのことは大事に思ってるよ!!」
ミルトンの様子に、カノンは一瞬きょとんとした顔をしたが、すぐに優しく微笑んだ。
「ミルトン、大好き………」
ミルトンの唇に優しく触れる。
「あっ?!いや………、そんな………、でも…………、カノンさえよければ僕のお嫁さんに………」
ぐねぐねと、とろけるように相好を崩すミルトン。
「ねえ、見て見てぇ!あの星雲の形、おもしろ〜〜〜い♪♯」
「って、全然聞いてない…………」
カノンとミルトンは、再び冷凍睡眠にはいるまで、毎日第八倉庫前で星を眺めた。無論、他にも娯楽はあったが、何をしても、日に一度は必ずここを訪れた。もっとも、ミルトンが見ていたのは星ではなく、星のように美しい少女ではあったが。そうして、二人は再び冷凍睡眠に入ったが、二度目にカノンが目覚めたときも、そこにはやはりミルトンの顔があった。
「変!!」
カノンはその形の良い眉を歪ませた。
「変て、何が?」
ミルトンが首を傾げる。カノンの言動は相も変わらず突拍子が無く、ミルトンは常に翻弄されていた。
「だって、朝起きたらいっつもミルトンの顔があるんだもん。絶対、ぜ〜〜ったい変!!」
人気の無くなったプロムナードを歩きながら、釈然としない様子で言い放つ。天を仰ぐが、光源パネルと配管や何かが、雑然と配されているだけだ。
「だってそれは、カノンが寝坊助だからじゃないか。僕より早く起きれば、僕の顔を朝一番に見ずに済むさ」
ミルトンは答えるが、それはカノンの求める返事ではなかった。
「私が早起きできないのは認めるけど、でもでも、どうして私を起こすのがミルトンなの?普通はママとかパパとか、さもなければ目覚まし時計の筈よ!?どうして私の場合はミルトンなの??」
ミルトンはカノンの言葉に苦笑した。
「だって、カノンのお父さんやお母さんは仕事で忙しいじゃないか。それで、僕が代わりに起こしているんだ。君のお母さんに頼まれたからね。それに………」ミルトンは上機嫌で続けた。普段、カノンに振り回されているだけに、彼女をやりこめるのは気分が良い。「僕が誕生日にあげたウイリー・ウィンキーの目覚まし時計は、今日も君の足下で泣いていたじゃないか」
「そ、それは…………」カノンは言葉を詰まらせた。「私が言いたいのはそう言う事じゃなくて、ミルトンの冷凍睡眠のスケジュールが、どうして私の家族のと同じなのかって事。ミルトンのパパやママとは別のスケジュールなのに、どうして?」
尚も食い下がるカノンに、今度はミルトンが言葉を詰まらせる。
「ど、どうしてかな?スケジュール調整にミスがあったんじゃないかな。ほら、この船って、まだまだ結構人が多いだろ?管理しきれてないんだよ」
「ふうん」
ミルトンの言葉に、カノンは不承不承ながらも納得する。
「そ、それより、これからどうする?また、第八倉庫に行く?それとも、何か食べに行こうか?それとも、………え〜っと、そうだ、ホログラムシネマを見ようか?」
「んーっと……。あれ、ホログラムシネマなんてやってるの?」
「ホログラムシネマくらい、僕にだって上映できるさ。見に行く?」
カノンの疑問の声に、ミルトンは胸を張って答える。
「また今度にする。それより喉が渇いたから何か飲みに行こ?」
ミルトンは何とか話題を変えようと試み、それは功を奏した。単に少女が移り気で、猫の目のように気分を変えただけかも知れないが、それでも、窮地を脱したことに違いはない。二人は唯一プロムナードで店を開いているパーラー、トーマス・プラチナムの店へ向かった。
何故トーマス・プラチナムの店だけが、この非常時に営業しているのか。それは、トーマス・プラチナムの店が完全自動制御で、店主のトーマスプラチナム自体、完全自律型アンドロイドだからである。但し、人気は今ひとつであった。船を制御していたコンピューター人格のルシフェルが人間に反乱を起こしたことは、この無機質なパーラーにも影響を及ぼしていた。
「いらっしゃい、………なんだ、ガキ共か。今日は何が食いたいんだ?」
トーマスはカノン達を認めると、アンドロイドには似つかわしくない、奇妙な塩辛声で声を掛けてきた。子供相手だから無愛想なのではなく、いつもこんな調子である。したがって、カノン達は気にも止めずにカウンターの席に座った。
「いくらガキだからって、そんな小いせえ席に座ることはねえんじゃないか?ほら、そこいらにいくらでもテーブルが空いているだろ?」
トーマスはテーブルを奨めるが、カノンは笑顔を浮かべて首を振る。
「トーマスの近くが良いから、ここにする」
「へん、勝手にしやがれ。で、何を食うんだ?」
トーマスは面白くもなさそうに再び質した。
「僕はデラックスプリンアラモード」
ミルトンはカノンの横に座ると、店で一番巨大なプリンを注文した。
「私はストロベリーパフェ♪♯」
「デラックスプリンアラモードにストロベリーパフェね………。おい坊主、デラックスプリンアラモードは大の大人でも食べきれないんだ、普通のプリンアラモードにしたらどうだ?」
トーマスの奨めに、ミルトンではなくカノンが答えた。
「大丈夫よ、ミルトンは甘いものなら胃袋が大人の三倍になるんだから。それにこの間だって、ここの山盛り生クリームの特大莓大福を一人で食べちゃったんだから。覚えてないの?」
「俺達アンドロイドにはな、アンドロイド工学三原則ってのが組み込まれてんだ。だからたとえ本人が大丈夫だと言ったって、人間に無茶させねえようにプログラムされてんのさ」
トーマスはそう言いながらも、既に特大のプリンを作り始めている。どうやら、トーマスのプログラムは悪影響がないと判断したようだ。
「…………そうなんだよね」
ミルトンは不意に顔を曇らせた。
「アンドロイド工学三原則はその条項の一番目に人間に危害を加えるなと言ってるんだ………」
「どうしたってんだ、急によ?」
トーマスは首を傾げた。カノンの方を伺うが、カノンも怪訝な表情をしている。
「ルシフェルは何だって人間をこの船から排除しようとしたんだろう?」
ミルトンが、まるで独り言のように呟いた。
「………」
トーマスは一瞬、言葉を発しなかった。三原則が働き、ミルトンに事実を告げようかどうか迷ったのだ。例え言葉であれ、その事が事実であれ、人間を傷つけることは三原則が許さない。
「………それはルシフェルがアンドロイド工学三原則の干渉を受けない存在だったからさ」
結局トーマスは答えた。ミルトンは悪影響を受けないと判断したからだ。
「どうして?アンドロイド工学三原則は、如何なるアンドロイドにも適用されているんでしょ?」
今度はカノンが問い掛けた。
「そいつは立て前なんだ。俺達の三原則は融通がきかねえ石頭で、例えば人体に影響が出ないレベルの危険だって、それを認めようとはしない。だから、エネルギープラントの作業にだって、人間を追い出してしまうことがあるのさ。ところが、人間はそれでは困る。だから、三原則が適用されていないアンドロイドが必要となる。ルシフェルはその例外の一つだったんだろうよ」
カノンは感心した様子だったが、ミルトンはアンドロイドにそうした例外がいることを薄々知っていた。でも、ルシフェルの場合は一体………?
「ま、何でやっこさんが気違いコンピューターになっちまったのかは知らねえがな」ミルトンの疑問を見透かしたかの様に、トーマスは告げた。「大体、それを知っていたら、俺まで気違いになっちまわあ……」
そう言って、トーマスは特大プリンをテーブルの上に置いた。だが、ミルトンの神妙な顔は、崩れることはなかった。
それから何度冷凍睡眠から目覚めたことだろう。アルゴーはようやくテランのすぐ近くまで帰ってきていた。そして、テランまであと一ヶ月と言うところで、アルゴーの乗員全ては最後の冷凍睡眠から目覚めたのだった。
「もうすぐテランだね♪♯」
カノンは二人の少年に微笑みかけた。
場所はやはり第八倉庫前である。
「その前に月市に寄港するんだ。色々検査を済ませた後で、ようやくテランさ」
アルフレドが口を開いた。
「トトだね」
ミルトンは、二つあるテランの衛星のうち一つを揚げた。
「いや、トト市の宇宙港はこの百年の間に老朽化が進んで、停泊するのはセシャトの宇宙港らしい」アルフレドが答える。
「ええ!?セシャトに宇宙港なんて出来たの?私達がテランを出発する前は何にもなかったじゃない。私、トト市の満月サブレが食べたかったのになあ………」
カノンの他愛のない様子に、アルフレドは苦笑した。この少女にかかっては、どんな不安も些事でしかなくなる。
「それにしても、テランは今頃、上を下への大騒ぎなんだろうなあ」
ミルトンは何気ない調子で呟いた。
「まあな、何しろ百年以上も前にテランを旅立った宇宙船が戻って来るんだ、受け入れる方も大変だろうな」
アルフレドが応じる。カノンは聞いているのか、いないのか、楽しそうに宇宙を見つめている。
「それにしても悔しいのは」ミルトンの眉間に皺が寄る。「百年以上たった今、僕達をテランから追い出した連中が、もういないって事だよ。僕達を欠陥宇宙船に乗せて、気違いコンピューターを押しつけた連中が………」
その言葉を聞いて、カノンはミルトンを振り返った。眉根を寄せ、可愛らしく頬を膨らませている。
「も〜う、ミルトンたらまだそんなこと言ってるんだからぁ!」
人差し指を突きつけられ、ミルトンはやや気圧されるが、動じることなくその細い指を下げた。
「カノンの言うことは分かるよ、でも僕はどうしてもルシフェルが狂ってしまった理由が知りたいんだ。だって、そうだろ?事態を受け入れるにしても、何にしても、まるで理由が分からないのは僕は嫌だよ!」
いつにないミルトンの真剣な表情に、カノンは押し黙り、アルフレドも喉から絞り出すべき言葉を探した。
「それは、ミルトンの言う通りだね………」
しばしの沈黙の後、最初に口を開いたのはカノンだった。
「私だって無闇に諦めて、全てを忘れたいと思っているわけじゃないもの。だから、ミルトンの言うことには賛成だよ。でも、どうするの?」
「テランに着いたら、僕は科学者を目指すよ。アンドロイド工学とロボット心理学を学ぶんだ」
「それは良いが、テランじゃ百年以上経っているんだ、今更何も見つからないかも知れないぜ?」
二人のやりとりを聞いていたアルフレドが口を開く。
「そんな事は承知の上だよ。でも、何もしないよりはましだと思うんだ」
「ま、そりゃそうだな………。それで、カノンはどうするんだ?」
カノンに視線を移すアルフレド。
「ねえ、見て見てぇ。あれってば、トトかな?セシャトかな?あの白いの、月でしょ?ねえねえ♪♯」
「人の話を聞けよ…………」